しずのおだまき


           歌舞伎音楽黒御簾で蘇る 三味線と長唄が織りなす音楽劇  唄浄瑠璃狂言「綾描恋糸染」より・・           ああ、与之助・・・ 歌舞伎音楽黒御簾で蘇る 三味線と長唄が織りなす音楽劇  唄浄瑠璃狂言「綾描恋糸染」より・・            おこんの死 歌舞伎音楽黒御簾で蘇る 三味線と長唄が織りなす音楽劇  唄浄瑠璃狂言「綾描恋糸染」より・・            運命の糸の 歌舞伎音楽黒御簾で蘇る 三味線と長唄が織りなす音楽劇  唄浄瑠璃狂言「綾描恋糸染」より・・            愛しい女を・・・ 歌舞伎音楽黒御簾で蘇る 三味線と長唄が織りなす音楽劇  唄浄瑠璃狂言「綾描恋糸染」より・・            いっそのこと、この川に・・・ 歌舞伎音楽黒御簾で蘇る 三味線と長唄が織りなす音楽劇  唄浄瑠璃狂言「綾描恋糸染」より・・            おこんと別れませんよ 歌舞伎音楽黒御簾で蘇る 三味線と長唄が織りなす音楽劇  唄浄瑠璃狂言「綾描恋糸染」より・・        もののけ「おや、雨が・・・」 歌舞伎音楽黒御簾で蘇る 三味線と長唄が織りなす音楽劇  唄浄瑠璃狂言「綾描恋糸染」より・・            お願いだから・・・ 歌舞伎音楽黒御簾で蘇る 三味線と長唄が織りなす音楽劇  唄浄瑠璃狂言「綾描恋糸染」より・・            神の背いて 歌舞伎音楽黒御簾で蘇る 三味線と長唄が織りなす音楽劇  唄浄瑠璃狂言「綾描恋糸染」より・・            蜘蛛の糸 歌舞伎音楽黒御簾で蘇る 三味線と長唄が織りなす音楽劇  唄浄瑠璃狂言「綾描恋糸染」より・・ 

※※※ しずのおだまき ※※※

一条の光も通さぬ闇に落ちようと
失われゆく肌の温もりを
我は忘れぬ


源義経は壇ノ浦に平家を滅亡させ、源氏は勝利します。
義経の才能を喜んだ後白川法皇は頼朝を牽制しようと義経に判官の位を授けます。
しかし、鎌倉幕府を開き、実権を握ろうとする兄の頼朝は義経の軽挙を怒り、
     義経に夜討ちをかけます。逃亡する義経と別れた静御前は鎌倉に捕らわれます。
こうして、兄弟の争いに巻き込まれた静御前と北条政子は…

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歌で物語を辿ったら…
※※※ ※※※ ※※※

しずやしず しずの苧環繰り返し
 昔を今になすよしもがな
吉野山 峰の白雪踏み分けて 入りにし人の あとぞ恋しき

:静御前が義経を慕い、鶴岡八幡宮で舞ったときの歌として有名です。
この時、源頼朝は激怒しますが北条政子が静を救います。



吉野の山の六つの花 肌にすさぶ冷たさに 涙の雫ひとあしの
 雪降り埋み氷凍て 峠の難所を踏み分ける 難行苦行の枯れ尾花

吉野山に逃亡した義経一行と静の様子を舞台化するために浄瑠璃にして
一節にこの歌を入れています。

のぅ義経様 初音の鼓おもかげの 明日の命は知らねども
是やこの 空に知らるる雪の色

静が義経との別れに形見に賜ったのが《初音の小鼓》でした。
義経への想いは初音の小鼓と重なります。
義経と出会ったのも京の御所で静が舞った時でした。
敵である頼朝の御前で舞わなければならなかった静の真情はいかばかりだったでしょう
その想いを作詞しています。


桜かんざし 風にゆられて ゆうらゆら ゆうらゆら
坊やはよい子で 良い夢みましょう 良い夢みましょう
遠くにおわす父様も 都の花の 夢みてござろう 夢みてござろう

これは劇中歌の子守歌です。
政子は子供を抱いている時の幸せを思い出しています。


わが身は罪業重くして 終には泥梨(地獄)へ入るとも
十方仏神集まりて 無垢の浄土に導きたまえ
佉羅陀山(地蔵菩薩の住処)なる地蔵様
毎日のあか月に 必ず来たりて問うたまえ
極楽浄土はひとところ 勉めなければほど通し
われらが心の愚かにて 近きを遠しと思うなり
われらが心の愚かにて 近きを遠しと思うなり

これは梁塵秘抄にある今様から劇中の唱え歌として抜粋しています。
愛する人の子を頼朝に殺された静が失意のうちに鎌倉に心を残して
磯禅師にともなわれて京に帰ります。
静の子の命を助けることができなかった政子は
これも運命と諦めて許してくれと嘆きます。


くるりくるくるくるくる 因果の焔はいやまさり
八かん地獄 大焼熱

夜叉となった静が政子を苦しめます。

許さぬ 許さぬ
一条の光も通さぬ闇に落ちようと
失われゆく肌の温もりを 我は忘れぬ
奪う者は 誰であろうと許さぬ
我と我が身に問うがよい
名も与えられぬ幼子の 小さな温もりを奪う者たち
未来永劫呪われるがよい

愛するひとの子を殺された静の慟哭
作者は静を夜叉にしています


なぜ、作者は静を夜叉にしたのでしよう
大義とは何でしょう。大義名分の争いの中で
命が奪われます
失った哀しみは永遠に癒されることがありません。
夜叉となった静は次々と頼朝の子を殺して復讐を果たしたが
それで癒されることはないのです。
権勢を誇った政子は日本の歴史を変えたほどの女性ですが
妾ほど深い哀しみを背負った女性がこの世におろうか
と言う言葉を残しています。

十万億土の神々よあの星々を御覧下さいませ。闇の中で光り瞬いております。
あれは女の涙で光っているのでございます。

ふたりの心はひとつとなって天空に輝きます



しずのおだまき
出 演

素敵な舞台をご期待くださいませ!!

汐見HP写真.jpg由貴HP写真.jpgひがし由貴HP.jpg

   汐美真帆      ひがし由貴

荘司HP写真.jpg根本亜季絵.jpg白石HP写真.jpg

   荘司美代子     根本亜季絵    白石奈緒美

壱弥HP写真.jpg壱花HP写真.jpg

てんつく・西川壱弥てんつく・西川壱花


小鼓と笛で浄瑠璃を語ります!!  伝統の音色も楽しんでね



竹本越孝.jpg24.6.16望月太左衛.jpg望月美沙輔.jpg

 語り・竹本越孝   囃子・望月太左衛  笛の望月美沙輔さん今回はお休み。

北条政子と静御前のこと

北条政子とは
静御前とは

ふたりを取り巻く女性達

戦争と平和

   しずのおだまき…北条政子と静御前物語の背景

 北条政子は伊豆の流人だった源頼朝と恋におち、頼朝のもとへ家出した。政子の父、伊豆の地方豪族の北条時政は平家を憚って激怒するが、娘心に是非もなく黙認する。こうして、頼朝と平穏に幸せに暮らしていた政子であったが、治承四年になると以仁王の平家打倒の令旨が全国をかけめぐったことから状況が一変する。慎重な頼朝は態度を保留して様子を窺っていたが、以仁王が負けたことから、平家の源氏への追求が厳しくなり、とうとう頼朝は源氏の統領として北条時政ら伊豆の豪族を従えて旗揚げをする。平家の支配に不満を持つ地方豪族達はぞくぞくと頼朝のもとへ参集し、平家打倒の気運は高まっていた。この頃、政子は頼家を出産し、源家嫡男の誕生を喜び祝うのだった。
 頼朝の弟の義経も奥州の平泉から駆けつけた。義経の働きは他を圧して目覚ましく、とうとう壇ノ浦に平家を滅ぼしたのだった。そのおかげで、頼朝は鎌倉幕府を成立させることになるが、義経の軍功を喜んだ後白川法皇は頼朝を牽制する意味もあって、義経に判官の位を授ける。頼朝に相談もなく官位を受けた義経に激怒した頼朝は、義経を陥れようとする梶原の讒言と他の者達への見せしめもあり、義経を鎌倉に入れようとはせず、都へ追い返す。
 こうして、頼朝と後白河法皇との天下支配の綱引きが強まる中、ご白河法皇に重用される義経を警戒した頼朝は義経を討ち滅ぼそうと堀川館に夜討ちをかける。義経は、愛妾の静御前と武蔵坊弁慶達とともに吉野山まで逃げるが、冬の吉野山は女の足では逃げおおせないことから、大切にしていた初音の小鼓を静御前に渡し、末はひとつと言って、泣き別れる。
 天才義経は、天才であるがゆえに小人の思惑がわからなかった。頼朝を裏切るつもりなど毛頭無かった義経ではあったが、兄に疎んじられたことから敵対する覚悟を決める。しかし、義経を気の毒に思う豪族達であっても、すでに頼朝のもとで軍功報償が決められる鎌倉幕府と義経では、時既に遅く勝敗は決していた。義経に従う者はほとんどいなかったのである。ただひとつ、京と鎌倉の支配が及ばなかったのが奥州の藤原秀衡だった。義経は秀衡を頼って逃げることになった。
 吉野山まで付き従っていた静御前は義経と別れた後、とうとう鎌倉幕府に捉えられて鎌倉に送られる。義経の在所の追求は厳しかったが、転々と逃げる義経一行の在処など静御前は知る由もなく、鎌倉に止め置かれる。静御前は都一の白拍子、舞姫として有名であったことから、頼朝の命令で鶴岡八幡宮で舞を奉納することになる。そして、北条政子と静御前は運命の対面をするのだった。

◎源平物語のアレコレ

 源平合戦は平氏と源氏の戦のことですが、軍記物語として、勝者の源氏や滅ぼされた平氏のことは『平家物語』や『源平盛衰記語られています。
この他にも『保元物語』『平治物語』『承久記』などや、鎌倉幕府が編纂した『吾妻鏡』など源平合戦に関連のものがいろいろあります。それぞれ主人公や視点が異なって書かれています。
 ところで、壇ノ浦で勝者となった義経ですが、兄の頼朝に疎まれて滅ぼされてしまいます。そのことが書かれているのが義経記です。
壇ノ浦で目覚ましい活躍をして平家を滅ぼしたのは義経です。義経に正義があったのに兄でありながら権力者の頼朝に滅ぼされてまったことを人々は悲しみ、判官贔屓といわれる言葉が生まれました。義経が判官の官位だったからですが、全盛を極めた平家が滅びる様を描いた平家物語の諸行無常の哀しさとは違い、ひとりの天才的な英雄が世に受け容れられずに滅びてしまう姿は、どれほど尽くしても受け容れられない無情の世の中と重なって人々の心を捉えたのかもしれません。
 そして、そんな義経に最後まで忠義を尽くしたのが家来の武蔵坊弁慶です。頼朝に追われた義経達が安宅の関で富樫の尋問を受けます。弁慶の機転で無事に通過、奥州まで逃げることが出来るのですが、この物語は、能の『安宅』、歌舞伎の『勧進帳』で有名です。
 現代でも、義経と兄の頼朝との確執を描いた作品は数多く作られていますが、武蔵坊弁慶は鎌倉幕府を作った頼朝より知名度は高いかもしれません。絵、人形、映画などのドラマにもなっています。他にも忠義な者として、歌舞伎には『義経千本桜』という作品があって、狐忠信や静御前が登場します。義経の愛妾だった静御前は白拍子としてのイメージが強いかもしれませんね。鎌倉の鶴岡八幡宮で義経を慕って舞った姿はよく知られています。
 頼朝の御台所(将軍の正妻の北条政子のことはドラマや小説などいろいろな作品がありますが、鎌倉幕府を支えた尼将軍として強い女性のイメージが定着していますね。確かに鎌倉幕府は、頼朝亡き後、派閥の政権争いの中で政子の実家である北条家が執権となって牛耳りましたから、その辺りが政子の人間像を作っていると思います。

源氏と平家の時代


時代は平安末期です。大雑把に歴史の流れを少々…
 11世紀になると白河上皇は貴族の藤原氏から権力を取り戻すために行政改革をしました。郡(律令制の地方行政区分、今の県のようなもの)を支配していた地方豪族は貴族達と結びついていましたので、その下部組織の村落を支配する中流の武士階級を行政官である国司が直接支配することにしたのです。また、院政も始めました。その為に天皇方と上皇である院方に権力が二分されることになり、源氏と平家はその権力争いに巻き込まれることになるのです。
 12世紀に入り、後白河院の時代になると貴族や護国寺院が所有していた荘園は、現地赴任した国司・受領が行政官として支配しています。この、国司・受領達は赴任期間が過ぎると赴任中に蓄えた金品を持って都に帰り、また新しい国司が赴任してくるという繰り返しで、国司・受領は甘い汁を吸う者が多く、その土地に定着して実質的に支配している武士階級は虐げられていましたから、何もせずに遊び暮らしている国司・受領や貴族達に対する不満が高まっていきます。
 天皇家の権力争いに巻き込まれた源氏と平氏はやがて後白河院を軸に源平両家の権力闘争へと発展していきます。最初は平氏が勝利して権力を手中に納めますが、国司の制度は変わりません。平家一門だけが栄華を誇ったことから武士階級の不満は平家批判へと高まります。
 平家打倒の令旨を発した以仁王は天皇になれなかった皇族のひとりで、平清盛に敗れてしまいますが、その令旨は不満の高まっていた地方豪族達の御旗となって源平の合戦が始まるのです。
 平家が政権を握っていたので、後白河法皇は政権を取り戻したいと源氏に味方をしますが、平家が滅びると源氏が樹立した鎌倉政権との綱引きが始まります。
天下を支配する権力争いに巻き込まれたのが義経です。鎌倉で武士の政権を樹立したい頼朝と、義経を使って頼朝を牽制したい後白河法皇でしたが、頼朝は義経を追討します。この兄弟の争いに、頼朝の妻の北条政子と義経の愛妾静御前は運命の出会いをします。
 頼朝に捕らわれた静御前が、都一の舞姫、白拍子であったことから鶴ヶ岡八幡宮で奉納の舞を舞うのですが、その時に義経を慕い舞ったことで頼朝の逆鱗に触れますが、それを北条政子が助けたことは有名な話として様々な資料に残されています。

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規模や制作費用などご相談を賜ります。


他にも

 ○ 梅左事務所では長唄、三味線の他にも琵琶、尺八、囃子といった邦楽楽器を使った音楽劇の制作をしています。P3120658.JPG
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